チョン・スイル 自身と映画を語る
私は今、釜山の慶星大学で映画を教えています。
もう13年位になりますが、教え子の中には『マイ・ブラザー』(主演:ウォンビン)のアン・グォンテのように監督になった者もいます。学校の関係で釜山に住むようになり、ここを拠点にして映画を作るようになりました。中心地ソウルに対する対抗意識も少しありますが、インディペンデントの立場で映画を作るならどこにいても出来る事を証明したかったのです。それに釜山は海や山が近くにあり、変化に富んだ風景が楽しめるので、とても気に入ってます。
大学時代の4年間、学校の近くにフランス文化院があり、そこで60年代〜80年代のフランス映画をほぼ毎日上映していました。私はそれらを片っ端から観ていく内に、だんだんとフランス映画が好きになってしまい、映画の勉強をするならフランス留学だと考えるようになったのです。留学して最初は演出の勉強をしました。尊敬するアンドレイ・タルコフスキーの作品をテーマに論文も書きました。
最も尊敬する監督はやはりブレッソンとタルコフスキーです。その他では、ブリュノ・デュモン、パトリス・シェロー、ペドロ・コスタ、クレール・ドゥニ等が好きな作家です。レオス・カラックスは、1993年映画のPRで彼が韓国に来た時、あちこち2人で旅行してとても仲良くなりました。その折に彼から携帯用のテープレコーダーをプレゼントされました。私の長編デビュー作『私の中で鳴る風』では、主人公が自分の記憶をテープに録音していくのですが、このモチーフはカラックスからもらったテープレコーダーからヒントを得たものです。
ヨンリム役のユ・ヨンミは、彼女がKBSTVのドラマ「黄金のりんご」に出演しているのを見て決めました。彼女の目つきに興味がわきました。夢を見ているような、どこか遠くのものを見るような目つきがヨンリム役にぴったりだと思ったのです。彼女は非常に頭の良い女優で、私の言う事はすぐに理解しました。TV出演が多いので、過剰な演技をしがちでしたが、私は「場面の雰囲気を感じ取り、自分の感情を表に出さず内にとどめておきなさい。」とだけ言いました。ユ・ヨンミをキャスティングできたのは、この映画にとって本当に幸運だったと思います。
兄役のチョ・ヨンジンは、オーディションで選びました。演技経験がほとんど無い子だったので、2ヶ月間つきっきりで、精神障害の子の身体表現等演技指導をしました。
カン・スヨンさんは、映画祭で会うとよくお酒を飲みに行く間柄です。ある時新作の話をしたら、興味を示してくれ実現しました。撮影は一日で済ませました。彼女の登場する場面は、主人公の家族が一番幸福だった時と一番不幸に見舞われた時の2ヶ所ですが、各々の場面には第三者から見た視線を取り入れたかったのです。また主人公の家族における母親の不在を観客に想起させたかった事、さらに少女ヨンリムの未来の姿を彼女に投影したかった点もあります。
ロケ地は江原道(韓国北東部)のテベクという場所です。植民地時代、日本によって炭鉱町として開発されました。韓国では貧困層に石炭の需要がまだありますが、90年代以降炭鉱はどんどん閉鎖されています。労働者のじん肺症や街の再開発等が社会問題化しています。前作『犬とオオカミの時間』もテベクで撮影し、その時に見聞きした炭鉱町の現状が本作の台本に生かされました。
劇中、労働者たちがアリランの替え歌を合唱するシーンがあります。あの歌は2000年位まで実際に歌われていたもので、プロの役者2人を除く他の人たちは全員本物の鉱夫たちです。
ラストシーンでヨンリムは正面からこちらを見ています。将来彼女は世の中をしっかりと受け入れ、困難な壁を乗り越えていくだろうと私は考えました。そんな気持ちをこめて作った場面です。映画の最初の方では、ヨンリムは鏡を見るだけです。彼女の心は内面へと向かっています。ところが、最後に彼女の視線はスクリーンの外側、私たちに向けられるのです。そこに少女の成長を感じて頂けると嬉しいです。
撮影のキム・ソンテは、私の作品『私は私を破壊する権利がある』でデビューしたカメラマンです。『キムチを売る女』チャン・リュル監督の新作『ヒヤツガル』でも撮影を担当しています。チャン・リュルとは友人で、キム・ソンテを彼に紹介したのは私なのです。『黒い土の少女』の撮影はほとんど手持ちカメラで行っています。そうする事によって目に見えない不安感やドキュメンタリー的な雰囲気が表現できると考えたからです。
“喪失感”というものが、私の創作の上で最も大きなテーマだと思っています。主人公が自身のアイデンティティーを探し求め、その過程で過去のものがどんどん消えて行く様子に気付いていくというストーリーに心をひかれます。次回作は、韓国に出稼ぎに来た労働者で国に戻れず死んでしまった人を故郷のネパールに送り届けるまでを描いたロードムービーです。チベットの人たちとの交流を通して主人公の心が純粋になる様を描くつもりです。主演はチェ・ミンシクさんで、2008年1月から撮影に入ります。
2007年12月12日 東京・渋谷イメージフォーラムにて
(取材:マジックアワー)