何も変わっていない。
公民権運動に際しての黒人作家ジェームズ・ボールドウィンの行動を追った『私はあなたの二グロではない』を観たら、誰だってそう思うはず。アメリカの黒人たちが文字通り命をかけて掴み取ったはずの平等の権利は、いまだもたらされていないのだ。
そうした思いを観客に抱かせるうえで、ボールドウィンの文章と同じくらい貢献しているのが、映画の中で流れる黒人音楽だ。選曲の基準は、公民権運動と深い関係を持つ楽曲であること。監督のラウル・ペックはこうしたナンバーを流すことによって観客に聴覚面でも公民権運動を追体験させてくれる。
ボールドウィンの少年時代に遡ってみよう。当時、彼の地元ニューヨークのハーレムでは、デューク・エリントンやキャブ・キャロウェイらのビッグバンドが夜ごとナイトクラブを沸かせていた。この頃ハーレムの歌姫だったレナ・ホーンのヒット曲「Stormy Weather」が本作でもフィーチャーされている。
色白だったため白人にもアイドル的な人気を博していたレナは、当初〈抵抗する黒人〉から遠い存在だった。しかし状況に違和感を感じ始めた彼女は、フランスでの生活を経て帰国後、公民権運動に深く関わることになる。彼女とボールドウィンの歩みはとてもよく似ている。「Stormy Weather」をペックが選んだのはそんな二人の相似性ゆえなのだろう。
この曲がヒットした1940年代は、アメリカの音楽業界に大変動が起きた時代だった。メジャーな楽曲ほぼすべての著作権を管理していた団体ASCAPとラジオ局が放送使用料を巡って対立した結果、ラジオ局側が別の著作権管理団体BMIを設立したのだ。
当時主流だったジャズ〜ポピュラー系の楽曲の権利をASCAPに押さえられていたため、BMIは非主流のフォークやカントリーといった南部の白人音楽、そしてブルース、ジャズ、ゴスペルなどの黒人音楽を傘下に招き入れ、ラジオでプッシュしはじめた。こうしたラジオ局の路線変更は、1950年代以降に登場するロックやR&Bの土壌を作るのと同時に、それまで隠蔽されていた黒人の生々しい声を電波に乗せ、彼らの壮絶な生き様を顕在化することになった。
本作で流れる放浪ソング「Big Road Blues」を歌ったトミー・ジョンソンと、「神よ、私の手をとって導いて下さい」と祈るように「Take my hand, precious Lord」を歌ったブラインド・コニー・ウイリアムスは、それぞれ十字架で悪魔に魂を売ったと豪語するアウトローと、盲目のストリート・ミュージシャンである。
また1948年には民衆の音楽を世に届けることを目的とするフォークウェイズ・レコードが設立され、白人のフォークやカントリーとともに、黒人によるフォーク・ブルースの作品も数多くリリースした。フォーク・ブルースは、公民権運動を白人側から支援したフォーク・シンガーたちにも大きな影響を与えるようになっていく。
メドガ―・エヴァースの死をボールドウィンが知る場面で挿入されるボブ・ディランのドキュメンタリー映画『ドント・ルック・バック』のシーンで、彼が歌っているのはエヴァースの暗殺を題材にした「Only a Pawn In Their Game」だが、「Baby, please don't go/Back to New Orleans」が映画内で用いられたビッグ・ジョー・ウィリアムズは、当時のディランと深い親交を結んでいたブルースマンだ。またビッグ・ビル・ブルーンジーによる「Black, Brown and White」(タイトル通り、肌の色による差別を嘆いている)はフォークウェイズに録音されたフォーク・ブルースである。
この曲ではアコースティック・ギターを弾いているブルーンジーだが、活動拠点であるシカゴの都会的な空気を反映したエレクトリックでパワフルなシカゴ・ブルースの祖のひとりでもある。そんなシカゴ・ブルース勢の曲としては、「頭の先からつま先までブルーな気分さ/俺は絶対勝てっこない。だって失うものを何も持っていないのだから」と痛切な心情を歌うバディ・ガイ「Damn Right, I've Got The Blues」がピックアップされている。
公民権運動とは、こうした個々の黒人たちの悲嘆や怒りがひとかたまりになって巻き起こったムーヴメントだったのだ。この時代には人々の団結をうながすメッセージ・ソングが多く生まれたが、本作ではジェームス・ブラウンが「立ち上がれ、ひとつになってファンキーなソウルを突き動かそう」と歌った「People Get Up And Drive Your Funky Soul 」が取り上げられている。
そんな『私はあなたの二グロではない』だが、エンディングは一転してテン年代の楽曲とともに幕を閉じる。その曲こそがケンドリック・ラマーが黒人であることについて様々な想いを巡らした「The Blacker The Berry」(タイトルは「ベリーが黒いほど、ジュースは甘くなる」との意味。黒人であることの肯定を意味する)だ。この思索的で饒舌なラップ・チューンが、アメリカの黒人たちの置かれた状況の変わらなさを象徴する役割を果たしている。
同曲が収録されたアルバム『To Pimp a Butterfly』の冒頭曲「Wesley's Theory」でサンプリングされているボリス・ガーディナー「Every Nigger is a Star」は、2017年のアカデミー賞で作品賞に輝いた『ムーンライト』の冒頭も飾っている。黒人の貧困と同時に同性愛についても語っていたこの作品は、ボールドウィンからの影響が色濃いものだった。なお『ムーンライト』の監督バリー・ジェンキンズの次回作は、ボールドウィンが1973年に書いた小説『ビール・ストリートが話すことができたら』の映画化作品だという。